【中田考×内田樹 後編】「どうやって価値を生み出す人間を囲い込むか?」が国家の緊急の死活問題
中田:「日本人なら日本に帰ってくる」と思っていて、昔はそれでも実際に帰ってきていたわけですよ。ところが今はもう帰ってこなくなって、皇族ですら日本から出て行くという事態になってしまいました。
内田:あの出来事はきわめて象徴的ですね。皇族が「日本にいると気分が悪い」ってアメリカに逃げちゃうんですから。
中田:そういう事態が急速に進んでいるわけですね。
内田:これだけ国力が衰微している局面で、日本人はさまざまな制度を夢中になって破壊している。
中田:結局、中途半端な新自由主義なんです。財界は、学会や教育会に対して「タダ乗りしている」とか文句を言うわけですが、実は一番タダ乗りしているのは財界なんですよ。彼らは要するに、大学に教育をやらせているわけで、自分でお金を払って、自分で良い人間を育てようとはしない。中途半端というか、都合のいいときだけ新自由主義なんですよね。彼らに一貫した考えがないことは本当に問題だと思います。
内田:そうですね。営利企業は自力で人材育成をすることをとっくの昔に止めてしまった。「人材育成コストを外部化する」ために大学に対して「能力が高くて、安い賃金で働いて、上司に逆らわない労働者を大量に製造しろ」と当然のように要求してくる。コストはできる限り外部の誰かに押し付けるというのは営利企業にとって当然のことですから。でも、自分たちの企業に利益をもたらす「人材」が欲しければ、本来は自分たちのお金で学校を作ってそこで育てるべきなんです。でも、今のビジネスマンたちはその仕事を学校に押し付けている。コストを負担しないくせに口だけはうるさく突っ込んでくる。ふざけた話ですよ。こういう連中が自分たちの企業活動に必要な人材の育成コストを自社では負担せずに、外に押し付けてきたことを「成功体験」として総括しているから、そのままのロジックで「国家須要の人材育成は外国の教育機関に任せればいい」という話になる。そんな愚かなことを言った人間は明治時代にも、それ以前にも存在しません。どこかでこの流れを止めないと、「人を集める」という国際競争でみじめな敗北を喫することになる。そのことに早く気づかないといけないんです。
もちろん国外にアウトソースしていい産業部門もありますよ。製造業は途上国にアウトソースしても構わない。でも、「その供給が止まったら、国が立ち行かないもの」はアウトソースすべきではない。エネルギーと食糧と医療と教育は本来自給自足すべきものなんです。もちろん自給自足することはきわめて困難です。でも、たとえ困難であっても、それを目的として努力するということは止めてはいけない。医療は自給自足できていますけれど、教育の「自給率」は年々低下していますし、エネルギーと食料に至っては自給自足にほど遠い。
最近の大学の中には「1年間の海外留学が必修」というところがあります。学生は喜んで、そういう大学に行く。でも、これはまさに教育のアウトソーシングに他ならないわけです。大学からすると、授業料は満額受け取っておいて、留学先に払った残りは「中抜き」できる。教育にかかわる経費は25%カットできる計算になる。人件費も光熱費も4分の1削減できる。でも、そのうちに「ちょっと待て。2年間留学させたらもっと儲かるんじゃないか?」と誰かが言い出します。2年間海外留学必須にしたら、教職員も半分カットできるし、管理経費も半分で済む。でも、そのロジックを推し進めると、「じゃあ、海外留学4年間必須にしない?」という話になる(笑)。海外留学4年間必須にしたら、もう教職員も要らないし、キャンパスも要らない。コストゼロで教育ができる。でも、その時にはその大学そのものが消滅している。「教育のアウトソース」というのは、そういう劇薬なんです。教育を海外に丸投げするというのは、おのれの存在理由を掘り崩すようなことなんです。
海外留学はもちろん重要な教育活動です。僕だってそれは否定しません。外国人教員を雇い入れることも、英語で授業やることも、留学生を送り出すことも、いずれも教育的には意味のあることです。でも、程度問題なんです。それ以上やると国内の教育が空洞化してしまうという「損益分岐点」のラインがある。それを踏み越えてしまうと、日本に学校が存在する理由そのものが失われる。
中田:「なんのために勉強しているのか」ということが、「お金だけ」になってしまっているんですよね。
内田:学習意欲に火をつけてくれる原動力は、基本的には「世のため人のため」なんですよ。インセンティブが「自分のため」では、人間そんなに努力はしないですよ。やっぱりナショナルフラッグを背負っているから歯を食いしばれる(笑)。「お国のため」「世のため人のため」といった利他的なものがないと、人間って力が出ないと思うんですけどね。
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